「ふぁあ〜……」


 冒険者である青年、ジーノ・クナープは生あくびすると、眠気眼を開けた。
朝だ。彼を照らす朝の日差しは眩しく、小鳥のさえずりが聞こえてくる。


「げっ、もうこんな時間なのかよ!?」


半分まだ夢の世界にいたジーノが現実に返ったのは、彼の寝相の悪さによって床に転げ落ちた時計を目にした時だった。
時計の針は既に8時を回っており、嫌がらせのようにチクタクと大きな音を立てて、時を刻んでいる。


「やっべーやっべー、今日はメルルと冒険するって約束だってのに。
 こうしちゃいられな……ん?」


 早く待ち合わせの場所に向かわねば、とジーノは大慌てでベッドから飛び起きようとする。
しかし、そこでジーノは布団の中に暖かいものがあることに気づいた。
見ると、ジーノの隣で毛布がこんもりと盛り上がっている。


「なんだ?」


 知らぬ間に猫でも潜り込んだのだろうか。
そう思い、ジーノは毛布をめくりあげる。


「……へ?」


 しかし、そこにいたのは猫ではなかった。
一人の、よく見慣れた少女だった。
トゥトゥーリア・ヘルモルト、通称トトリ。ジーノの幼なじみの、錬金術士の少女だ。


「なんでこいつ、こんなところで寝てるんだ……?」


 思ったままの疑問を口にし、ジーノは未だにすやすやと寝息を立てている少女、トトリを見つめる。
 ここは自分の家。アールズから借り受けた冒険者たちの住まいだ。
一軒家としては狭いが、ベッドやキッチンなど生活に必要な家具や設備は揃っている。
もちろん、鍵などの防犯設備もばっちりだ。


「えーと……ドアに鍵はかけたから、こいつはおれが入れたんだよな?」


 ジーノは記憶の糸を手繰り寄せる。
思い出した。
確か、昨晩は明日の冒険に備えて必要そうな物資をトトリに依頼していたはずだ。
それで、依頼したものを届けにトトリが訪れて、自分は彼女迎え入れた。
問題はそこから先だ。


「えーっと……んん? 何したっけか?」


 肝心な記憶が出てこない。
思い出そうとはしているのだが、そこから先はもやがかかったようにハッキリとしないのだ。
トトリから依頼の品を受け取って、お金を渡して……その先は……。分からない。


「おーい、トトリ。トトリ、起きろよー」
「むにゃ……せんせー…空に……ちむおんなちゃんが」


 どういう夢みてんだよ。
おかしな寝言を呟くトトリを起こす作戦は諦め、ジーノは、頭をかきながらなんとなく辺りを見回す。


「あ……」


 テーブルに転がった空の酒瓶が三本。
故郷のアランヤ村にある酒場のマスターが、二人の成人祝いにと贈ってくれたイワシ酒だった。
最大の欠点である臭いはトトリが考案したものよりもマシになったとはいえ、やはり魚独特の生臭さは鼻につく。


「そっか。あれ飲んだんだっ!」


 記憶が合致し、ジーノは一人でに頷く。
依頼の品をトトリからもらった後、彼は贈られた酒瓶を開けたのだ。
せっかく、二人揃っているから、と。

 それからは酒を飲み、ジーノが買っておいていた食べ物を当てにした、ささやかなお祝いを開いた。
イワシ酒のアルコールが強かったのかもしれない。
二人は時間も忘れて、アールズのこと、冒険者になってからのこと、アランヤ村の思い出話に華をさかせた。
酒を空にしたら、イワシ酒と一緒に贈られてきた大量のイワシをトトリが料理し、新しい酒瓶を開けてまたはしゃいで……。
気がついたら、二人とも同じベッドで眠りに落ちていた。
そういうことだった。


(そういえば……)


 ジーノは昨晩の会話を思い出す。
顔色は普段通りの彼女が、おかしくなったときのことだ。


−「ジーノくんって、鈍いよねぇ〜……」
−「ん〜なにが?」
−「女の子と二人でお酒飲んで、こんな夜遅くに。普通はこーいうの、特別な相手だけなんだよ〜?」
−「トトリは特別だろ〜。付き合い長いし」
−「ほーらー、分かってない〜」
−「トトリ、酔ってないか。フラフラしてんぞお前」
−「だいじょうぶれす〜。ジーノくんだって酔ってるでしょ〜?」
−「いや、トトリの方が酔ってるだろ」
−「酔ってません〜。あ」
−「おっ!?」


 バランスを崩し、トトリの小さな体が椅子から落っこちる。
それを、酒が回って多少は酔っていたもののジーノは素早く床下に滑り込んで受け止めた。
日頃から打倒ステルクに向けて鍛錬していたおかげだろう。幸いトトリに怪我はみられなかった。


−「あはは、おもしろーい」
−「トトリ、本当に酔ってるだろ〜」


トトリがきゃっきゃっと子どものように騒ぎ、ジーノの肩にしがみつく。


−「ジーノくんだって酔ってるでしょー。うふふ、大好きー」
−「はー? なに言ってんだよ、トトリ」
−「わたしねー、ジーノくんのお嫁さんになってあげるよ〜。うれしい?」
−「ん〜……そうだな」
−「はっきりしないなー? それだと、他のところにいっちゃうよ〜?」
−「大丈夫だろ、トトリだし」
−「あ〜、そんなこと言っていいのかな〜?」
−「ふぎゃっ。なにすふんはお〜、ととひ〜」
−「えへへ〜、へんなかお〜。あははは」


 自分のほっぺたをうりゃうりゃと引っ張り、楽しそうに笑っていたトトリの顔。
それを思い出しながら、ジーノは隣で眠っているトトリの寝顔を見る。


(……そういや、アランヤではもう結婚する歳だもんなー)


 アランヤ村の結婚年齢は早くて十代後半、遅くても二十代前半だ。
現にジーノとトトリの父親と母親は二十歳になる前に婚姻を結んでいる。
となると、二十歳を越えてまだ結婚していないことをトトリは気にしているのかもしれない。
ジーノはてんで気にも止めてないが。


(でも、結婚するんなら……こいつだけかな〜)


 ジーノは昨晩の仕返しに、ぷにぷにとトトリのほっぺたをつついてみる。
 幼い頃から変わらない可愛らしい寝顔だ。
ずっと昔、彼女の家にお泊まりしていたときと全く同じ顔。
 もし、彼女と結婚したら毎日この顔を見ることができるだろう。
ジーノは自分でも気づかない内に、穏やかな笑みをたたえていた。


「…おっと。こんなことしてる場合じゃなかった。遅刻遅刻っ」


 ほっぺたをいじるのを止め、ジーノはトトリに毛布をかけ直してから、バタバタと家の中を駆け回る。


「まぁ、こんなもんでいいだろっ」


 服の着替え、武器の装備、荷物の準備等々、一通りの準備を終えた後。
家を空けるという旨の走り書きのメモとスペアの鍵を机に置いて、彼は慌ただしく自分の家を後にした。


「おかえり、ジーノくん」


 家に帰ったら、おいしい料理と幼なじみの彼女が笑顔で迎えてくれる。
そんな未来も悪くないと、思いながら。





 5000hit記念小説でした。
当初はステルクさんを出す予定でしたが……想定以上にながくなり(そしてオチがつかなくなったので)泣く泣くカットすることになりました。
ステルクさんすみませんorz

 トトリちゃんから告白してる珍しいお話なのですが、実はギゼラさんって18歳のときツェツィお姉ちゃんを産んでるので、
結婚したのはもっと若かった可能性があるのではないかと←
ギゼラさんが結婚を急ぐタイプには思えないので、むしろ20歳過ぎて結婚するのはアランヤ村では珍しいのか?なんて思ったり…
(そうなるとツェツィお姉ちゃんやメルお姉ちゃんは晩婚的な扱いになるので、はっきりとは言えませんが)

言いたいのはジノトトが結婚したってまるで問題ない、という一点だけです。
グイードさんもツェツィお姉ちゃんも、ジーノ君のことは認めていると思うので、早く結婚してくれないかなと(そわそわ

 それでは、いつも見に来てくださっているみなさん。本当にありがとうございました!
是非お持ち返ってください。
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